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螺旋の上のカタツムリ

tokinoyaka.exblog.jp

この世のあることないこと、自由気ままに

にわか歴女、歴史の闇を知る(-_-;)


訳あって郷土の歴史を学び始めている昨今。
公共施設の講座で鹿児島の歴史を開講していると聞き、行ってみた。
もう、終わりに近く終戦から昭和初期の頃の講義。

恥ずかしいことに鹿児島があのように激しい空襲を受けていたということを知らなかった。
今の中央駅から桜島が何の障害もなく見渡せるぐらいの焼け野原になったという。
どうして母からこの話を聞かなかったのか不思議でならない。
戦後の厳しい時代を生き抜くには焼け野原のことなどどうでもよかったのかもしれない。
子ども五人抱えて女親一人で生活していくには日々の食い扶持が唯一の大事なことだったのか。

終戦後の主な事件のなかに「松元荘事件」と云うのがあり、その文字になにか意味深な臭いを感じた。
講師の簡単な説明によれば
松元荘という旅館で学生や若い子たちに売春をさせて、その客の中に政治家、著名人が多数いて大スキャンダルとなり、この事件を機に日本に「売春防止法」が制定されたという大きな事件。
この事件以前から、売春禁止、赤線・青線廃止などの運動が起きていたが、国会の保守議員らの反対で廃案になっていたものが、松元荘事件が売春防止法制定の大きなうねりを生むことになる。

事件の内容が内容だけにあまり語り継がれていないのだろうか・・
ネットで調べても文献が少ない。
不名誉な歴史は消したい気持ちはわかるが、闇に蓋をするばかりでは本当の光りは見えてこない。
その闇は時代が生み出したもので善悪で判断されるものでもないと思うのだが・・

西郷さんフアンの方には怒られるかもしれないが、歴史を知らない私が西南の役のことを聞くと何かが違うような気がするのである。
点と点を結びつけたような違和感・・・(無知な私の感なので<(_ _)>)
「闇」は隠さなくても「闇」だ。
そして、「光」を「光」と存在せしめるものだ。
必要以上に歴史は「闇」を隠したがるのかもしれない・・

参考に『平成医新』というブログから抜粋↓。詳しくお読みになりたい方はリンクからどうぞ。
また、このブログには公娼制度に対して時の政府がどのように位置づけていたかもよくわかる。
『昭和31年までに 女性議員らの努力によって売春を禁じる法案は5回国会に提出されたが,いずれも保守党議員の抵抗にあい,廃案となった.廃案の背景には売春業者からの多額 の運動資金が流れていたのだった.
 しかし,昭和30年5月,鹿児島市の旅館・松元荘で少女売春の強制とそれをめぐる汚職事件が売春防止法のきっかけをつくった.松元荘事件とは,15歳の 中学生をはじめとした高校生ら未成年9人を含む23人が,建設会社を経営する社長夫妻によって売春を強要されていた事件である.「玄人の女はもう飽きた, 高学生のような初々しい娘と遊びたい」という客の言葉から,女子高校生らを誘い売春をさせていたのである.高校生たちは「学費を稼がせてやる」と誘われ制 服姿のまま客席に出され,1500円で売春をしていた.そして客の中に会社社長や病院長,公務員,マスコミ関係者ら県内の名士が多数いたのだった.さらに 客として県議,町長,県庁の土木担当課長らがいたことも判明,台風による災害復旧工事など指名入札にからむ贈収賄事件発覚の糸口になった.また事件発覚後 16歳の女子高校生が自殺するという痛ましい展開になった.
 全国紙が「まつもと荘事件の真相を探る,知名人多数が関係」と大きく報道し,松元荘事件は全国的に知られるようになった。この「まつもと荘事件」によっ て,売春を非難する全国的世論の盛り上がりをみせた.まず鹿児島で売春禁止運動が始まり,婦人,学生が立ち上がり,鹿児島県売春禁止法制定促進委員会が結 成された.さらに国会の婦人議員も動き出した.そして市川房枝,神近市子,藤原道子らの婦人議員による超党派の運動が行われたのである.』

この講座はずっと続き、いつからでも受講してよいらしく、現代まで来ると、初めにかえり古代から学べる。
古代の鹿児島の歴史ってすごく面白そうじゃない?
「隼人民族」のことや武士以前の権力者たちのことも知りたいし・・・






by tokinoyakata | 2014-11-03 23:34 | きままなつぶやき